平成中期、ブラウン管のなかで「あやや」として、しっかりと光輝いていたアイドル松浦亜弥。
その作り込まれたキャラクターと確固たる存在感とはうらはらに、あっさりとアイドルの座を離れ、さらに芸能界からも走り去っていった彼女は、いまもなお我々の心に深く刻まれています。
彼女がお茶の間に与えた衝撃の一端は松坂桃李主演映画「あの頃。」で確認することも可能。そして2025年2月24日、ついに松浦亜弥が後藤真希、藤本美貴とともにサブスク解禁されることになりました。
今回はなかでも伝説級名盤と多くのアイドルファンから支持を受ける名盤「ファーストKISS」の紹介をさせてください!
歌謡曲の王道をゆく季節感
「ファーストKISS」は松浦亜弥のファースト・アルバムになります。
本作に収録されているシングル曲は4枚分。
春にリリースされたデビュー・シングル「ドッキドキ!LOVEメール」(名曲です)、夏リリースの「トロピカ〜ル 恋して〜る」(名曲です)、秋リリースの「LOVE涙色」(名曲です)、冬リリースの「100回のKISS」(名曲です)で、しっかりと四季を表現した作品でデビュー元年を完走しています。昭和時代の、例えば松田聖子のような歌謡曲の王道の流れを平成に踏襲した形。
すでにモーニング娘。や太陽とシスコムーンのプロデュースで名を馳せていたつんく♂ですが、松浦に賭けた熱量はいま振り返っても気合いがすごいです。だってこれ、全部良い曲だもの。
メロディーやアレンジもさることながら、つんく珠玉のキラーフレーズが満載の歌詞が胸を打ちます。
”Gパン履くのに慣れた 地下鉄もコツをつかんだ”
−「ドッキドキ!LOVEメール」
”食事とかマナーをちゃんと教えててくれた パパママ感謝!!”
−「トロピカ〜ル恋して〜る」
瑞々しく、ディティール細かく、完全に女性側の視点から描かれる穏やかな青春のかたち。いまの時代には少なくなってきましたが、やっぱりアイドルを主役として、当て書きされる歌詞が一番心地よいように思います。平和、だしね……。
そしてこの1年をかけて急速に成長していく松浦亜弥の表現力は目を見張るものがありました。なんとこのアルバムの次の作品が「桃色片想い」です。
才能冴えわたる珠玉の名曲「オシャレ!」
上記シングルにアルバム書き下ろし曲を加えた全11曲。
そのなかでも特にファンから好かれる楽曲、それが「オシャレ!」です。
非公式動画失礼。明日からはサブスクで聴けますよ、やったね。
この曲、ハモンドオルガンのイントロから始まり、全体的に朴訥としたアレンジがなされています。編曲は高橋諭一。生音を活かしたアレンジでハロプロファンからも人気の高いアレンジャーさんです。
この曲、アレンジの朴訥さとはうらはらにとんでもなくリズムが難しい。
この時代のつんくがとくにこだわっていた音節ももちろん細やかですし、デビュー1年目のアイドルにしては難易度が高すぎる。
それでも彼女は楽々と歌いこなします。「あやや」としてインパクトの強いキャラクターである以上に、彼女は優れたシンガーでした。
当時、デビュー前の完全素人だった彼女が、初めてに近いレコーディングで、鼻歌で指示されたコーラスラインを即簡単に歌いこなしてみせ、スタッフたちを驚愕させたというエピソードも後年語られました。姫路の普通の女子学生だった彼女が隠しもっていた才能は、ハロー!プロジェクトのなかですぐに開花することになるのでした。
これぞ2002年の空気感
このアルバムの面白いところは、ただ良い曲が集まっている、というだけではありません。
もうひとつの面白みの軸、それは時代性です。
このアルバム、アイドルとしての王道の明るさは当然あるのですが、随所に暗がりが潜んでいるのです。それこそが時代性。
「ファーストKISS」の発売日は2002年1月1日。
これは浜崎あゆみのアルバム「I am…」と同日発売になります。
この頃、邦楽を代表する時代の覇者は宇多田ヒカルと浜崎あゆみでした。
この時代の、輝きながらも虚飾を自覚し、大人びた態度で頂点にたっていたふたりの女性の姿は、あらゆるエンターテイメントに影響を与えていました。
とくに女性アーティスト・アイドルたちは、派手な音色のなかでも「”わたしだけ”の孤独や悲しみ」を口にし、それがたくさんのリスナーの共感に結びついていたわけです。
そして当然、松浦亜弥もその流れを汲んでいます。
「ファーストKISS」は、その後あややから失われていった「素朴な孤独、苦しみ」が味わえるところが良い。孤独を発信するDIVAではなく、「宇多田やあゆを聴いている女子高生の日記」のような感覚があるからです。
”本音は仲間が増えるごとに 独りが怖くなる”
−「オシャレ!」
”誰も本当の私を知らないわ”
−「100回のKISS」
まだまだ子どもでも、この薄暗さを胸に、タフに生きなければならない。
社会状況は2025年のほうがもっと、苛烈で仄暗い時代です。いま思うと2001年、2002年はまだ崩れる段階の時代だった。
しかし、それでも当時の少女たちも常にサヴァイヴしている存在だったのです。
そのパワーは、いま振り返っても決して色褪せない。このエナジーを、2025年、もしかしたらこのブログを読んでいる、いまだ松浦亜弥のこの作品を知らないひとにも味わってもらえるのなら、こんな嬉しいことはないです。
いまだにファンを、そしてわたしを魅了する名盤「ファーストKISS」。
その魅力は、太陽と月のような、あややのかわいらしい明るさと、時代の持つ薄暗さ。そしてその狭間で歌われる10曲目、「私のすごい方法」。
これから、いやこれまでも、みなさんの心の支えになり得る隠れた名曲です。
サブスク解禁でこの曲がもっと多くのひとに届くことになるかと思うと心が躍ります。
みなさん、楽しみましょう!